前提を常に疑え!

Jan 21, 2008   :

 「東大生による就職活動論 – ignorant of the world -散在思考-」を題材にして、Shiroさんがハックしている。

この人は至極正しいことを言っているのだけれど、 その前提が語られていないのが気になった。

元東大生による就職活動異論

前提というのは、この話が就職のひとつの形態、すなわち、 「毎年決まった時期になると、特定の学年の学生と企業が会社説明会から 始まる一連の行事を経て、最終的に一部の学生が内定というゴールに至る」 というプロセスを対象にしている、というものだ (さらにその前提には、中学校から高校へ、高校から大学へ進む時に入試が あったように、学生から「社会人」になる時に就職という関門があるという 錯覚があるように思われる。 Cf.Hiring is Obsolete)

元東大生による就職活動異論

学生は就職して社会人になるのではない。誰かの役に立つことをできるようになれば、 既にその人は社会の一員だ。就職は「誰かの役に立つことをする」ひとつの 効率の良い手段にすぎない。ただ、その状況に特有のルールと普遍的なルールが あることを自覚していないと、流されるままに自分の行き先を見失うおそれがあるだろう。

元東大生による就職活動異論

前提を疑い、何か綻びがあればそこを修正する。そういった態度はどこで何をしていても役に立つのではないかと思う。

 自分も振り返ってみると、「何か具体的な何かを生み出すタイプ」の職業に就きたいというのを常に意識していたような気がする。研究者も「これまでにない視点を提出する」という点に惹かれた。ただスピード感がないから、時間がかかりすぎるというのが自分にとってはネックだったというわけで。*1それに対して、コンピュータの世界はすさまじいスピードで進行している。このスピード感を自分は望んでいたのかもしれない。

 まぁ、後づけだけど。*2

*1:心理学の先輩とかは完全に理系の世界の住民で、「俺、なんで文学部なのかわからない。業績は十分なのに、D2での博論は文学部の先生方には受け入れられないみたいなんだよね。博士号取得の申請を出すかどうか指導教官と考えているとこ」みたいなことを言ってて、実験心理という「文系の中の理系学問」として文系と理系の違いをまざまざと見せつけていたっけ。

*2:Planned Happenstance理論ってやつなのかな?