自分が安全な場所にいて、部下だけが必要以上に危険に身を晒すようなことが我慢できないからである。

星系出雲の兵站-遠征-4』で気になった部分をまとめました。

外交的な解決策を探るも探るも、解決が難しいことがわかった場合に、どのような選択肢がありうるのかといったことかと思います。

外交的な解決策がない。それが意味するのは武力による解決しかないということだ。少なくとも力の均衡を維持し続けることが必要になる。

だがタオの不安の本質はそこにはない。危機管理委員会内部にある「絶滅論」が、それなりの支持を拡大する可能性が無視できないことだ。

ガイナスを絶滅させる。それも人類の存続を口実にしながら、その本音は防衛コストの削減だ。ガイナスが絶滅すれば、軍事的負担は減る。

しかし、絶滅論は倫理的な問題はもちろんだが、軍事的にも実はリスクが高い。完全に成功しない限り、今度はガイナス側が種の存続のために人類絶滅を目的としかねないからだ。

そんな状態になったなら、目先の軍事費削減など吹き飛んでしまうだろう。どちらかが絶滅するまで終わりはないのだ。

コストという話をするならば、話し合いが一番低コストなのだ。

科学者として誠実であることと、科学者ではない人を説得し、動かすことは異なるスキルが必要で、科学者としての誠実さを捨てることになるってことなんだと思います。

ブレンダはため息をつく。科学者として彼女も、「現時点ではわからない」というキャラハンの態度は真っ当なものだと思う。

しかし、科学者ではない危機管理委員会のメンバーにそれを納得させるのはブレンダの仕事だ。

もちろん委員に納得した気にさせる手管は色々ある。ただ、そんなやり方は科学者としては邪道であることを彼女は誰よりも理解していた。

ブレンダが現場を離れ、多くのプロジェクトマネージャーを統括する立場に身を置いているのは、独裁権を握りたいからではなかった。危機管理委員会との交渉の中で、科学とは違う次元の厄介ごとを引き受けるのは、自分ひとりで十分だと考えているためだ。

泥をかぶるのは一人でいい。この点では、文官たちの利害調整を議長という立場で引き受けているタオ迫水を、ブレンダは尊敬し、信頼していた。

畢竟、タオが議長でなかったなら、自分も今の職を退くつもりだった。無論それをタオ本人に言ったこともなければ、言うつもりもない。

部下に己の技量を示すことなしに、尊敬は得られないというお話かと思います。

船務長の報告に対して、ジャオ艦長はSSX4への接近を命じた。

ジャオと、腕の見せ所でもある。軌道傾斜角が垂直に近い物体への接近は、宇宙船の操艦の中でも難しい采配が要求される。軌道傾斜角の転換はエネルギー消費が激しいため、最適な遷移計画が必要となるのだ。

こればかりはAFDでも調整できない。AFDで可能なのはあくまでも位置の移動であって、進行方向の変更ではないからだ。

無論AIを使えば瞬時に計算される。だが、艦長が部下に己の技量を示すにも、軌道傾斜角の遷移計画を立案することは重要だった。そう言う規則があるわけではないが、それができるかできないかは艦長の格を示すと言う暗黙の了解があった。

「航法長と機関長、この計画で進めて」

ジャオ艦長は遷移計画を転送する。AIは自動的にその計画を検証し、問題がなければ何も言わない。つまりAIに文句を言わせない艦長ということだ。

ジャオは若干緊張したが、AIからの改善意見は出なかった。そして駆逐艦マツカゼはSSX4と軌道を合わせる遷移を行った。

専門職である武官に対して、忌憚のない議論を促すためには、最終的な責任の所在が自分にあることを宣言する必要があるということです。

「君たちの一分一秒は宝石よりも貴重だ。だからつまらぬ社交辞令は互いになしにしよう。

単刀直入に尋ねるが、五賢帝亡き後、軍人としてどうするべきと考えているか?」

タオはそう言いつつ、二人の食事の様子を見ている。食事の仕方で、その人物がどんな育ちをして、どんな性格なのか、だいたいわかる。何より、心理状態が如実に出るのだ。

彼が食事を用意したのには、慰労や謝罪だけでなく、そうした意味もある。これは矛盾した行動ではない。前者はタオ迫水個人の気持ちだが、後者は議長職としての立場だ。

軍の最高幹部が現下の状況に動揺しているのか、していないのか。彼らの発言の真意を評価する上で、これは必要なことなのだ。

そして二人の様子を見る限り、精神的な動揺は認められない。タオは軍人たちが平静なことにまずは安堵した。

「議長、それはあくまでも、軍人としての合理性だけの判断で回答せよと、解釈してよろしいでしょうか?」

そう尋ねてきたのは火伏だった。たいてい水神に話させてから、その発言を補足するのが火伏のスタイルと思っていただけに、彼が口火を切ったことはタオには意外だった。

「そう解釈してもらっても構わないが」

「議論としてならば、それがガイナストの絶滅戦争が不可避というような結論であったとしても?」

火伏は挑むようにそう問いかけてきた。通常なら、こうした物言いは無礼とされるだろう。

しかし、タオには火伏の真意が、タオの覚悟を問うているのだと分かった。絶滅戦争を論じるとしても、そこまでの発言の自由を認めるかと。

「君らの議論に掣肘を加えるつもりはない。意思決定の責任は危機管理委員会にある」

「まず、絶滅戦争には至らない。小職はそう考えています。というよりも、事態をそこまで悪化させたなら、それは軍人の失敗です」

火伏が自分と同じ問題意識を持っていてくれたことに、タオは安心した。

武官としての責任を取れる範囲を明示した上で、プロフェッショナルに行動するということなんだと思います。

「話はわかった。民間の協力もあれば、我々は今の状況に恐れることはないのだな。」

それに対する水神の返事は、短いが辛辣だった。

「艦隊は戦略を決める立場にありません。危機管理委員会の戦略に従って動くだけです。ただ委員会には多くの選択肢を与えられると理解しております」

だが、事態の進展は、人類の予想を超えていた。

自分の決断が大きな影響を与え、陣頭指揮を取れない場合には場合には取りうる誠実というのは、部下の命を守ることなんだと思います。

天涯で白兵戦を演じた中隊長時代なら、危険を顧みず突っ込んでゆくようなこともできた。しかし、自分の部下が旅団規模になったいま、シャロンにとって部下の安全はかつてないほど重要になった。

自分が安全な場所にいて、部下だけが必要以上に危険に身を晒すようなことが我慢できないからである。