物事の是非は、決断したときに決まるものではない。評価が定まるのは、常にあとになってからだ。

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半沢直樹を読みました。原作もテレビと同じでスカッとする活劇だったんですね!テレビでは語られることのなかった中野渡頭取とのやり取りを引用します:

「当行は合併行だ。旧東京第一銀行における不祥事とはいえ、それを過去のこととして片付けるわけにはいかん。そして、誰かが、責任を取る必要がある」

言葉を切った中野渡は、百戦錬磨のバンカーとして数々の修羅場をくぐり抜けてきた、その鋭い眼差しを半沢に向けた。

「尽力してくれた君に、私は、この事態に対する私なりの考えを述べておくべきだろう」

中野渡は言った。「私は、頭取に就任してからというもの、長く行内融和を標榜し、出身行にとらわれない、ひとつの銀行になることを目指して努力してきた。君も知っての通り、紀本君には引責をしてもらうことになるが、それだけで幕引きにするつもりはない。今回の事績を踏まえれば、己の不徳を嘆くばかりであり、私自身もけじめをつける必要があると思う。私はーー」

中野渡は言葉を切ると、剛直そのものの視線を半沢に向けた。「ーー頭取を辞任する考えだ」

半沢は、心の内側で何かが崩壊するような衝撃を感じてたじろいだ。

言葉を失い、中野渡の決断が果たして妥当なのか考えようとしたが、思考は混乱したまま形にならない。

「物事の是非は、決断したときに決まるものではない」

中野渡はいった。「評価が定まるのは、常にあとになってからだ。もしかしたら、間違っているかも知れない。だからこそ、いま自分が正しいと信じる選択をしなければならないと私は思う。決して後悔しないために」

重々しい言葉とともに、しばしの静寂が訪れた。

いま中野渡というひとつの巨星が、表舞台から消えようとしている。

半沢はその事実を受け止めるのがやっとだった。

時代が動き、急速な時の流れに翻弄される。それがこの世に生きている人や会社にとって不可避なものであろうと、その変容に直面したときの驚きや失望、そして感慨をどう避けることができようか。

「お疲れ様でしたと、申し上げるべきでしょうか」

ようやく言葉を絞り出した半沢に、中野渡は、老練なバンカーらしいにやりとした笑いを浮かべた。

「疲れたな、たしかに。だが、頭取でなくなっても、私はバンカーであり続けるだろう。バンカーである以上、常に何かと戦っていなければならない。我々に休息などない」

中野渡の言葉は、ただひたすら直截に、半沢の胸に突き刺さってくる。

いままで七年に亘って東京中央銀行を率いてきた中野渡謙は、清濁併せ呑む戦略家であり、経営者であり、そして何より超一流のバンカーだった。

不良債権処理と金融システム安定化に向けた勇猛果敢な取り組み。そして行内融和への腐心。在任期間中における中野渡の凄まじいまでの奮闘ぶりは半沢の記憶に深く刻まれ、決して色合わせることも、忘れ去られることもない。中野渡は、自らの行動を持って、バンカーとしての矜持と理想、そして戦い方を教えてくれた。

「ありがとうございました」

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