『非属の才能 (光文社新書)』で気になった部分

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 「日本というのは同調圧力が強い」というようなことはよく言われていますが、「そうした同調圧力に屈しない人たちに向けて書かれた本」ということになるのだと思います。出だしが、

「才能というものは、”どこにも属せない感覚”の中にこそある」

とぶちあげています。

 おもしろいと感じたのは学校についてかかれた部分:

学校は、人生でもっとも同調圧力が強い閉塞空間だろう。

「これが正解」「これが普通」「これが当たり前」「これが常識」という同調を、教師は毎日これでもかと言うほど生徒に押しつけてくる。

やっかいなのは、それが生徒のためだと教師たちが本気で信じ込んでいることだ。完全に協調と同調を混同してしまっている。

また、教育における評価方法を、上限のない加点法ではなく、「100点」「優」といった上限からマイナスしていく減点法が主流のため、積極的に人と違うことにチャレンジするより、とりあえず人と同じことをしていた方が原点を最小限にとどめることができ、無難に生きていける。

減点法ってこんな弊害があったのかとはっとしました。先生になる人って規範的(?)というのでしょうか、そうした傾向の強い人が多いようには確かに思います。ただ、自分の先輩で先生になった人はここで書かれている傾向がめちゃくちゃ強い人がいました。大学院では「新しいこと」を言うために勉強に来ているのに、なぜか既存のことしか言わない。それでいいと思っている。修論の締め切りが迫ってどうにもならない時期に先生方に「新しいことが言えません」と言い、叱りとばされる。それにも関わらず、大学院修了の際に優秀な学生として奨学金の免除を申請するために先生からハンコをいただこうとする。自分の中にある基準が絶対だと勘違いしていて、それに合わないものを認めない。先生という職業は絶対に避けようと心に決めたのは、この先輩のおかげです。

 先生になる人って、次のような意識が必要なんじゃないのかなと思う。

「自分の価値観は自分の世代で終わり。自分の人生は支えてくれたかもしれないが、子供の人生は子供が考えるものだから邪魔はしない」

この本の中で一番良い部分だと思うのはここ:

東京の下町でテレビのロケをしているとき、公園で一輪車の練習をしている少女に出会った。その一輪車はおばあちゃんからのクリスマスプレゼントで、少女は出かける際におばあちゃんからこういわれたらしい。

「いっぱい転んできな」

少女は失敗に負けない明るい大人になるだろう。

非属の才能 (光文社新書)

非属の才能 (光文社新書)